90年前の釜山を感じる旧百済病院
旦那が蔚山にある病院へ行くというので、ついでに釜山に1泊してきました。
今回は、釜山駅の近くのビジネスホテルを予約。
ホテルの近くには、赤レンガの建物があったのでちょっと覗いてみたら歴史的建築物でした。
부산시 동구 중앙대로209번길 16
プサン市 トン区 チュウンアンデロ209ボンキル16
アクセス : 釜山駅(부산역)から徒歩
周辺観光施設 : 草染伝統市場・168モノレール
オフィシャルHP : 釜山市
日本人女性と結婚した 최용해さんが1927年 2月 4階建てを建て、同年 12月隣接地に地下1階・地上6階建てを追加建設し、百済病院として使った洋式の高層建物。
現在登録文化財第647号。
当時、個人所有の建物では規模が最も大きく、釜山で初めて個人的に総合病院を初めて開いた。
医療スタッフは、ドイツ人や日本人を招き、当時の政府病衣にゃ鉄道病院をしのぐほどだった。
病院はますます繁栄したが、経済的な困難や医療事故などのトラブルが発生し、赤字転落の末1932年に閉院した。
その後、1930年代に中国人楊牟民さんが買収、蓬莱閣という名の中国料理店を開店したが、
太平洋戦争が過熱した1942年に中国へ帰った。
その後、日本軍あかつき部隊が将校宿舎として、1945年8月日本の敗戦で治安隊事務室として使用。
韓国戦争後は、個人に払い下げられ、新世界結婚式場になったが、1972年不慮の火災により骨組みだけ残った部分は壊され、現在の形となった。
現在は、4階建ての赤レンガの建物となり、複合商業施設となっている。
赤レンガ造り・・・横浜の建物みたいです。
旧百済病院建物は釜山及び我が国の近代医療社研究に意味ある建築物。
煙瓦で構成された建物立面は一般的な鳥迹組建物とは違い自由に構成しており、木材の上がり下がり戸障子及び木材門などの原型がよく残っている.
また 1927年建築当初の4階建物部分には初期の廊下型の病院平面形式が残っており、1~3階の入院室では当時のインテリアを確認することができる。
木造階段と欄干飾りが保存されているなど保存価値が高い近代建築物だ。
この建物自体には一般のお店が商売をしてるので、自由に入れました。
この3時間後、この建物1階にあるカフェに入ってみました。
翌日、宿泊したホテルから下を覗くと、旧百済病院が見えました。
屋上の方は屋根がなんか変な感じ。
90年でこんなに周辺が変わるなんて、当時の人は想像してたのかしら。。。
90年前の釜山を感じることができるロマンのある建物でした。
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